(お酒)LEMON HART DEMERARA 151
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というわけで、工場が閉鎖(?)とか吃驚の話題を聞いたレモンハートです。これは151プルーフ。このお酒から名前をとったBAR漫画があまりにも有名です。例えるなら、お酒漫画界のブラックジャックみたいなもので、知らぬはモグリですな。

と言っても、瓶で購入したのは初めてでした。レモンハートデメララ151プルーフを野口英世先生二枚と硬貨一枚で購入。
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151を2で割ると、お分かりですが、75.5度ということです。飲み方はストレートが好きになって、氷で割るのは受けつけなくなりましたが、75.5度をストレートで飲んではたして美味しいと言えるのだろうかと、疑問に思うところもありました。

(※写真。裏側には歴史が書いてあります。In the late 18th Century Mr.lemon Hart became the first supplier of rum to the British Royal Navy.....要約すると、最初は海軍に納入していたそうです。ちなみに、レモン・ハートは名前。そして、1804年に自らの名前を冠して発売したラム酒が、レモンハートとなります。)

さて、ストレートで飲んで美味しいか?その結論としては、とても美味しい。口福を思い出してしまい病みつきになる。口に入れた瞬間、舌の上でぼわっと甘い炎が広がる。そしてしばらくまって、食道に飲み下した後に広がるフレーバー、甘さと旨さが口いっぱいに広がります。


やっぱり、ラムって旨いねえ。
カテゴリ:食の文化 | 23:27 | comments(0) | - |
vs China 2010_02/6 「負け試合を引き分けにしただけ」楢崎正剛選手

どうも幸運の女神は旅行中らしい。バカンスがW杯までに終わるか分からないが、日本には女神はいなくても守護神がいる。

相手には申し訳ないが素人目で見ても相手のFWもDFも怖くはなかった。試合中、いつ点が入ってもおかしくないぐらいに力量に差が見えるようでした。ところが、点が取れない。1.味方にあたる。2.ポストに当たる。3・DFに当たる。フットボールというのは力量に差があっても、守備的になった相手からはなかなか点が取れないスポーツらしい(もちろん例外はあるにしろ)。いつ点を取るのだろうかと油断していたところで、敵側にPKを与えてしまう展開になった。


◇ 得点に一番遠くて、一番近い存在として


こういった時の心情はいかほどでしょうか。GKは得点に(味方からは)一番遠い存在で、(敵からは)一番近い存在です。楢崎正剛選手の表情は落ち着いていました。PKと決まっても乱れない。くつがえることのない判定に酌量を求めるよりも、クロスボールの対処をするように、又は、コーナーキックの状況に備える時のように、淡々というよりも激情を静かに内に秘めて次の動作に備えているようでした。とても印象的でした。後半30分か、35分でPKを与えてしまった状況です。観客としては、内容は一定して、相手を圧倒していたものの、試合時間から逆算して「敗退」の二文字がよぎりました。しかし、乱れない。もちろん、内心わからない。だけど、見せない。

精神力。それを観れたのが良かった。さすが川口選手と一緒に、長い間、日本代表の(1998年から70試合)ゴールを守ってきた選手でした。1976年4月生まれだから年齢的には次の世界はラスト2。またはラスト。熟練の技を見させてもらえました。

カテゴリ:サッカー日本代表 | 23:36 | comments(2) | - |
追記5
 

フランス大使館旧官舎の階段を、構造を無視して赤く塗りつぶした。アートでいながら、トリック・アートのようでもある。芸術の螺旋迷宮階段(実際は、普通の階段ですが)。
カテゴリ:街中アートTokyo | 01:38 | comments(0) | - |
追記4

カラフルな世界。まずは赤色の世界。




(写真はフランスのプジョーの部屋。企業宣伝部屋なのだがオーソドックスなスーツ臭はしない。洒落ている)



しきりはなく続きの部屋は部屋一面が紺色。対比がきれいだった。



青・白・赤とお国柄で構成された別の部屋。小さいところまで細かい。




どこかの部屋の窓ガラス。



これは携帯写真の限界。立体的に迫ってきています。切り紙で創られたカラフルな森というか花の森のような部屋。部屋一面がこの切り紙で、綺麗さと迫力はかなり強かった。

カテゴリ:街中アートTokyo | 23:08 | comments(2) | - |
それでも、遠藤 保仁選手(ヤット)の眼に期待している。 日本対ベネズエラ戦。H22_2/2。+追記。

怒涛のフランス大使館編は、一旦止めて、日本代表サッカーです。

放映では初となる2010年の代表戦。W杯まであと128日。

今日が代表戦というのを忘れていて、六本木のスポーツバーで観戦予定というなぞなぞな友人に知らされて間に合う。いや、うっかりというわけで対戦相手はベネズエラです。

ベネズエラはブラジル、アルゼンチンとW杯予選が同じ南米のチームであり、その南米予選参加の中でも唯一W杯に出場したことがないらしい。海外で活躍する選手はいても、現在は地域的に運が悪いお国です。まあ、それはそれ。はるばる40時間もかけて東の島国まで来てくれたことに感謝ですな。

ベネズエラの位置
(写真はベネズエラ・ボリバル共和国wikiの位置)

試合内容も闘志を出してくれたので観ている方も楽しかった。


結果は0−0の引き分け。W杯出場予定の国としては、ホームでこの結果は寂しい。大分県のスタンドもチラホラと空席が見えて寂しい。しかし、映るサポーターは、寒い中、眼差しは真剣でした。期待している人は、期待している。昂揚している人は、たくさんいる。

試合内容は、プレー中の解説で「そこまでサッカーを詳しくなくても、観ている人が日本が圧倒している雰囲気をピッチの上に出してほしいですね」というのが、やんわりと内容を物語っているようでした(とはいえ、例年はシーズンオフだし、久々の試合でもあるとフォローもしっかりと入っていました)。


選手の気迫は、伝わるものがありました。

大久保選手からは、「代表に残る!勝つ!」という鬼気迫るものが伝わってきました。他にも稲本潤一選手、田中マルクス闘莉王選手、小笠原選手、佐藤寿人選手、遠藤保仁選手、中澤祐二選手もなにかと熱かった。


プレーは、素人目から見ていても、遠藤選手は試合を指揮し、中澤選手は申し分なく相手を抑えていた様子。その二人が試合後に、自然と力がこもった感じで肩を叩き合った瞬間、この試合にどれだけ専心したのかが推察できて嬉しくなった。


ただやっぱり、ちょっとピリッとしなかったなあ。個々は良かったんだけど、良いところだけは見えたみたいな試合。お味噌汁の豆腐みたいな。連戦が続くので、怪我をしては本末転倒だから代表選考は決まっている人達は無理にはならないほうがいいですが。


それよりも、この時点で代表選考をしているのは、凡人には解からない大局観なのでしょうか。もう三ヶ月。

・控えのテスト(特にCBは?)
・なんで今更に新戦力(今更にラッキー頼み?)
・(実はかなり嬉しいが)ここで3年半ぶりに実力・実績に疑いのない小笠原の投入は、テスト自体が明らかに戦略的失敗?


と、素人目にもなんかどーなんよと思いたくなる感じ。特に小笠原は、これで落ちたらどーなんよ。何をどうしたいのかねえ。

どうせなら、残り15分は相手もばんばん選手交替してきたから、こちらは控えGKを入れて、正GKの楢崎をFWエリアに置いて、退場選手が出て10人対11人になった試合想定とか、残り15分でどうしても1点が欲しい場面でのコーナーキックの練習をしてみるとか、自分らで負荷をかければ良かったのに。W杯の順位を気にした発言ばかりのようでいまいち解かりにくい。気がする(まぁ素人の戯言です)。


新戦力より、サッカー観戦に参加してきた者として、有望な若手よりも、一人のキングカズを投入したほうがいいと言いたい。若手を入れて、この先10年が報われる経験よりも、リーグ創設からいままでのことを讃えた方がいい。それだけはやってほしいですな。


あとは個々の選手たちを見ていたら期待したくなりました。正月に観た遠藤選手。スタンドから50メートルぐらいの距離だった。勝利のパレードで応援スタンドに先陣で少し離れて歩いていました。遠藤選手もスタンドを見渡していました。ちょっと、正確に書き直そう。

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(写真は中央スタンドでサポーターに挨拶するG大阪選手たち)

体中に冷気が駆け巡るぐらいの射抜くような気配を感じた。偽り無く、ぞわっとした。この時点では、挨拶に来たのが誰なのかはわからなかった。
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逆光で眩しかったし、先陣を歩いていたとはいえ、それが遠藤選手だとは数瞬後まで解からなかった。始めに身の毛が逆立つようだった。カメラマンや警備や数人の先陣の中に、ただ事ではない気配を感じ、脳の神経が数倍の速度で照準を合わせ出した、瞬間、歩きながらスタンドを見渡している遠藤選手を見つけた。遠藤選手に焦点が合わさり、周囲が一瞬でぼやけた。その眼は「射抜く」という表現がピッタリなほどに苛烈だった。ピッチ外での穏やかそうな目つきとは異なっていた。
 
いろいろな眼を見てきた。けれども、恐怖というよりも畏怖を感じたというのは、あまりなかったね。天皇杯自体は優勝していたし、決勝点もとった活躍でしたが、いったい何だったのだろう。死ぬほどWater Closet に行きたかったか。いやいやWorld cupにかける意気込みを感じたからだろうか。その後、一緒に観戦していた友人に「凄い眼だった」と興奮しながら話しかけていました。

まだ連戦が続く。、これから。とにかく、元旦に遠藤選手のあの眼を見てからは期待が増した。World cupは、世界を打ち負かす活躍をすると期待している。

***

さて。翌日。なにげなく録画したものを流していたら、開始早々ひやっとする場面とか、きれいに連動している場面とか、見ていて見逃している場面にいろいろと気付いた。


遠藤選手では、前半の一場面。センターライン付近で、闘莉王選手が機を見た決断が強いロングパスとなって、バイタルエリアにいる岡崎選手に向かって飛んでいった。岡崎選手は、ボールの軌道の問題からか、体勢を崩しながらバウンド寸前でパスを選択する。上記のやり取りで、ダイレクトに敵陣の真ん中から右サイドの境にいた遠藤選手にパスが渡った。遠藤選手がボールを保持することに気付いた二名の選手。右サイドにいた徳永選手、岡崎選手の左でトップを張っていた大久保選手は、まとわりついている相手DFを振りきって駆け出した。

軽くトラップした遠藤選手は、大久保選手のエリア方面を眺めながらノールック気味に徳永選手の走り出した先のエリアに素早くフィードする。徳永選手を追う相手DFと左側で待ち構えている相手CBとの間隙をぬったコースに、右サイドへラインドライブがかかってパスは飛んでいった。素晴らしい位置にパスはつながった。実に鮮やかだった。


決定的なシーンはたくさんあります。それはダイジェストが多いので除いて、こちらはシュートまで行った後半の一場面が好きになりました。


半ば混み合い停滞した敵陣の右サイドで、小笠原選手が浅い場所でボールを受けた。

ボールをトラップしながら真っ直ぐに前を見据えて、前方のスペースをどう使おうか隙をうかがっているように見える。状況としては、右サイドは誰かが小笠原選手の前を走り出しており、可能性が考えられたが、敵DFも密着しており、駆け出して間もなくパスのタイミングとしては良くないように考えられた。その瞬間の判断。小笠原の右足は像の雄叫びのようにパスを出すフェイクをする。時間をかけたのだ。そのフェイクの時間分、やや右サイドよりの深めの中央にいた遠藤選手が背に相手DFを引き連れながら小笠原選手の方に戻ってきた。新しく成立した選択権を取って、小笠原選手は遠藤選手にショートパスを送るが、走りながら遠藤選手は背中の気配を感じているので、受けた脚でパスをはたいて返しつつ、さらに身体を反転して動作スピードをゆるめずに、そのまま相手DFを引き連れていく。

再び、小笠原選手に流れる時間の中で考える時間が生まれた。遠藤選手に返されたパスを受けてすぐに、密集した右サイド攻防戦とは関係ない選手、チェックから逃れてフリーになっていた選手を見つける。ピッチを真横に横断して逆サイドでフリーになっていた長友選手にロングフィード。ロングフィードを受けた長友選手は猛然と左サイドをドリブルしていく。やや左サイドよりのセンターライン後方にいた稲本選手は、ここが勝負どころとばかりに、追いかけるように連動して長い距離を一直線にゴールに向かって攻め上がる。二本の矢がゴールに向かって放たれたようだった。更に中央にいた大久保選手は、その流れに気付いて左サイドの方へフォローに向かう。

相手DFに耐えられていた長友選手には二つの選択肢、スペースを狙える稲本選手、中央の大久保選手とあった。結果としてパスは大久保選手に送った。その頃には稲本選手は長友選手の先にあるスペースを狙える立場にいたので、パスが来なくとも相手DFは稲本選手につくしかなく、DFのエリアは稲本選手の走り自体ににえぐられるように、隙間が生じた。その隙間の位置に向かって大久保選手はわずかにドリブルを仕掛ける。切り返しが成功して、カバーに来た相手選手を置き去りにし、フリーのエリアからゴールに向かって鋭く振りぬいた。

というのは、良かった。

あのフェイクと、簡単な返し、そしてサイドチェンジから稲本選手の要所を突いた攻め上がり。まあ、大久保選手が持ったとき反対のサイドもドフリーになったのですが、あそこはどっちでもいいかんじですなあ。決まれば言うことなしだったのが残念ではありますが、短い時間ながら見ていて綺麗な展開でした。














カテゴリ:サッカー日本代表 | 22:56 | comments(2) | - |
追記3

入り口のロボットの右足部分。笑いました。左脚は狐。

 

なかに入ると何故かマリオになった大使館中庭。



木。



1つの小部屋。
1つの小部屋をアーティストがアートする。
4階建てのアパート(+地下)。

部屋は1Fごとに6〜8部屋?

全く異なる感性が、一つの部屋、一つの扉を開けるたびに広がる。

中庭、傘立て、ドアの角、壁、階段も、創りかえられている。

楽しみ方は自由とはよく言うけれども、多くの才能を、次々体感できるのは、楽しみ方として最高ですよ。さすがフランス。やり方が違うと思った。ここが、昨年までの大使館庁舎だもんねえ。

カテゴリ:街中アートTokyo | 23:57 | comments(0) | - |
追記2


開演前に着くも、行列。写真は入り口のTHE GATE。



ロボットのような(左側に鉄人28号あり)大使館入り口の展示品。



各所にユーモア満載の書き物。真下はメモリアルと書いてあった。左上の壁画の子供は、通りの向こうから見えて内心ぎょっとする。



左の壁画に各種、現代のロゴ。その中にストーンズ。



カテゴリ:街中アートTokyo | 23:40 | comments(0) | - |
創造と破壊@フランス大使館 − 最初で最後の一般公開 に行く
 
NML_200


というわけで、渡仏帰り。芸術のフランス(旧大使館庁舎)に昨日行ってきました。開演時間から、ほぼ半日。友人と芸術を体感した一日でした。地獄のような芸術から、綺麗な芸術、つかみどころのない芸術まで、70人以上のフランス・日本のアーティストが織り成す世界を潜り抜けた。





<WEB引用>
フランス大使館新庁舎オープンに伴い、旧庁舎では日仏のアーティスト70人が参加するアートイベント『No Man’s Land』が開催されています。一般公開は2009年11月26日から2010年2月18日まで。入場無料。解体前のフランス大使館旧庁舎を訪れる唯一のチャンスをお見逃しなく!

◇フランス大使館(web)

「我々と共にこのプロジェクトを夢見て、熱意と才能をもって実現に至らしめたすべての人々に感謝する。このプロジェクトのためだけに作品を作り、自由もあれば制約もあるこの類稀な場所に来ることを承諾してくれたアーティストたち。



(略)この冒険に参加してくれたスポンサーの方々の、寛容で熱意ある支援がなければこのプロジェクトは実現しなかっただろう。経済情勢が不安定な中、彼らはしかし我々の呼びかけに応じ、自らのイメージをアーティストにリンクさせるという前例の無い形で、従来型以上の協賛をいただいた。

フィリップ・フォール  駐日フランス大使」



カテゴリ:街中アートTokyo | 12:45 | comments(0) | - |
「モンゴル人の魂・馬頭琴」 東京音楽大学民族音楽研究所_2009_1216
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人間の心には、鳴るものがある。狩猟・採集の暮らしのころから持ちつづけてきたその楽器は、他の人間に出くわしたときに鳴弦(めいげん)する。(司馬遼太郎/司馬遼太郎が考えたこと10 『人間の中のシルクロード』より)

写真は馬頭琴。演奏終了後に記念に撮りました。弦が2本です。その超絶技巧から“悪魔”と呼ばれ弦一本のヴァイオリンでも悪魔的な演奏を披露したパガニーニも、馬頭琴を知っていたら、きっと喜んで演奏したことでしょう。とても幅と奥行きのある音色でした。写真の通りに見た目は、簡素でいながらも想像以上に伝統工芸品の魅力がありました。色艶も綺麗。


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というわけで、東京音楽大学に行きました。音大です、音大。

楽譜が乱舞し、行き交う人はブランドバックに目もくれずアーティスティックにヴァイオリンを片手に持ったり、オペラ志望者はプライドを賭けて歌っていたり、ハープが奏でられたり、美形の指揮者がいたり、女子学生がチェロやコントラバスに背負われていたり、教室からはピアノの音が軽やかに、劇的に、歌うように、聞こえてきたりする・・・・・・わけもなく。もう二十時(残業で開演一時間半遅れ)だし、外は十二月の寒風に包まれているし、辺りはけっこう暗いし、人影を見ていない。といっても池袋にあるのですが。

音楽に包まれたキャンパス、集結した多様な楽器たちとか、音大に(過度に)期待している幻想風景は、またいつか。

***

コンサートが行われた場所は、東京音楽大学J館スタジオという。華やかさのあるホール内に入り、受付を済まして着座した。中は、体育館の半分ほどの空間。中部地方に出張していたのに自分より早く着ていた友人をすぐに発見できる広さだった。演奏は司会によれば1部、2部の演奏が終了したという。演者が幕に引いている時間に、椅子の上に置かれたパンフレットを見てみる。

Program
【1部】馬頭琴の歴史
◇賛歌
◇ジェスレー
◇四才の仔馬

【2部】近代馬頭琴の発展と改良
◇昇る太陽
◇宴の歌
◇心の詩
◇万馬のとどろき

【3部】現代馬頭琴の発展
◇砂の記憶
◇東の空
◇ロマンス

馬頭琴について8ページほどにまとめられている。パンフレット用紙には、演奏曲目から馬頭琴の歴史、図画までが詳細に掲載されていた。

中身の濃い資料で、紙面には隙間なく文字で埋められている。後日、ひょんな縁からモンゴルを好んでいた作家の司馬遼太郎作品を追った。その際にとても役に立った。モンゴルは大きい。そしてその歴史は地理的にも広い。そのくせ、遊牧の気質からかつかみどころがないように思える。そのせいだろうか、広大な大草原と独特の言語文化で出来上がった異文化世界を読み進めていると、時折、あまりにも雄大なイメージに負けてしまうことがある。想像力で補おうとしても、逆に自身の想像力が自由を失った。わからないという孤独は、知的探求の火すらも消してしまいそうになる。

そういったときに、馬頭琴が奏でたモンゴルの匂いを思い出してくれた。少し抜粋してみる。


馬頭琴の概略

「モンゴル語では、『モリンホール』と呼ばれている。モリンホールは擦弦楽器であり、箱型の胴に長い棹を持つ胡弓の一種である。棹の頭が馬の頭の形をしているのでモリンホールと呼ばれているようである。モンゴル語で『モリン』は『馬』という意味の属格で、『ホール』は弓弦楽器の総称である。」

馬頭琴の伝説 スーホの白い馬

「もっとも有名なのが「スーホギン サルラモリ」によると、大昔、草原にスーホという少年が愛する白い馬と住んでいた。草原では毎年開く祭りがある。このナーダムという祭りの競馬競争で、スーホの白い馬が一位を取った。王様がこの馬を気に入って、強引に自分のものにした。白い馬は自分の飼い主のスーホに会いたくて、ある日自分で宮廷を抜け出したが、王様の召使に矢で射されて死んだ。白い馬が死ぬ前にスーホと会って、自分の皮や尻尾を使って楽器を作れば、いつでも一緒にいられることを教えた。スーホは馬の皮を使って楽器の胴体をつくり、馬の尻尾で弦を作り、愛する馬の姿形を模して楽器を作ったのである。そして、この楽器を馬頭琴と名付け、広い草原ではその音色が広まったという話である。」


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写真は拡大。頭が馬ゆえに馬頭琴。

***
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写真は演奏者の美炎(miho)氏と斉・布日古徳(チ・ブルグッド)氏。それとピアノに長尾博子氏で行われた。美炎氏は、3歳からヴァイオリンを習い、18歳のときに馬頭琴に開眼。以来、斉・布日古徳氏に師事。08年モンゴル馬頭琴国際フェスで最高演奏賞受賞と華々しい経歴。ピアノの長尾博子氏もP.I.A.Japan音楽コンクール最優秀伴奏者賞、第10回水谷達夫賞受賞。そして馬頭琴から、二胡、中国琵琶、その他多数の民族楽器演奏者との共演が多い。
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チ・ブルグッド氏は馬頭琴のサラブレッドでありながらも、上記写真のように名高い演奏経歴がある。経歴が凄くて少し怯んでしまいそうなぐらいだが、MCでは日本語で気さくにモンゴルの歴史を教えてくれました。


チ・ブルグッド氏「馬頭琴、未来はわからない」
観客:(・・・・)
チ・ブルグッド氏「でもガンコ。モンゴル人、ガンコ。B型が多い
観客:(笑)
チ・ブルグッド氏「でも、いいものには、みんなついていく」
観客:拍手

B型被害者の会は、アジア大草原の下でもユーモアにされるほどに被害状況を確認した(自分もB型なのですが、世界共通に迷惑なのか?そんな気はさらさらしないけれども※←おそらくこの辺がB型)。いつか遺伝子構成のレベルで何か見つかるかもしれません。

一方、真面目な話もありました。馬頭琴の歴史とともに、近現代のモンゴルの歴史についてですが、「近現代は、社会主義国家のソ連のもとにモンゴルはありました。モンゴル語を使えない時代もありました。それは海外の音楽にたくさん触れることができないということもありました。音楽では、ソ連の影響下、許されたのはチャイコフスキーでした。子供の頃は、ほぼ毎日、チャイコフスキーを聴いていました。それ以外は知らなかった。それが社会主義です。」

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チャイコフスキーと言えば、年明けて、映画で「祝典序曲1812年」を聴きました。豊かで壮大な曲でした。日本でも「くるみ割り人形」は、小学校などで誰しもが耳にした曲だと思います。ただ、チャイコフスキーしか聴けない幼少期というのは、音楽家としては恵まれているとは言えなかったのでしょう。そういった社会主義情勢の背景をもとに、「馬頭琴で仕事をして、海外に行く」という現在は、とても幸せだそうです。「東京は世界中のイイモノが集まっている。」とリップサービスもしてくれました。

さて。音楽について。馬頭琴をとても評価しているそうで、「モンゴル音階は5音階しかない。馬頭琴は弦も2本しかない。ただ、いろいろと聴いたけれども弦楽器でも一番良い。」とのこと。個人的な感想として、自分は音を比較できるような経験はほとんどありません。弦楽器を生でじっくりと聴いたのは、東京国際フォーラムでヴィヴァルディの四季・夏。10分近くソロを聴きました。その時の迫力も凄かったけれど、この日は演奏者が近いこともあって迫力は桁違いだった。

一見おとなしそうな馬頭琴ですが、演奏されたスタジオは音ではちきれんばかりです。音の密度はとても濃く、奏でる音響の只中にいました。高音ではアコースティック・ギターのような音も出ますし、弦楽器ではヴァイオリンに近く、更に土や風音が混じるような感じでした。演奏方法も、かき鳴らす、指で弦をなでる、ふれる、たたく、すべらす、ゆらす、余韻を追うと様々。指裁きは、とてもハード(パガニーニのカプリース24状態に見える)。とにもかくにも馬頭琴は音の幅が広い。音の津波が次々と寄せては返す。扇形の音のトンネルを抜けるような気もした。200メートル遠くで暴風音を聴くような距離感もあれば、100メートル、50メートル、20メートル、0メートルと、徐々に音が迫ってくるのが分かった。

曲の展開は、クラシックのそれに近いような気がする(よくわかりませんが)。花や風の香りがする。蜜のにおいがするかと思えば、一転して、激しいスライドとともに、前足を上げてリズミカルに駆ける馬になったり、激しいアタックで暴風雨になったり、と展開も幅広い。深くなれば弦特有の濁る音があるけれど、響きの底の微かな濁りは、ピアノによって水の中で濾過されて、おおわれて、優しくなるような曲もあった。この空間にいて(3曲だけだったけど)、最後は、ちょっと涙腺が緩みそうになった。

クラシックもロックもジャンル関係なく、どこの国の演奏者も同じかもしれないことに気付いた。いい音で気持ちいいと眼を開いて演奏者を見ると、たいてい、演奏者の方は、もっと気持ちよさそうな顔をして、自分の演奏にうっとりとして弾いている。そう、恍惚の表情を浮かべていることでした。上手く言えないが、そういった気持ちを共有させてもらえる空間は、とても気持ちがいい。良い音楽体験でした。

音大と演者に感謝。

***

チ・ブルグッド氏(と言いつつ、迷いも。容姿体型は似ているが、もっと若かった気もする)のかっこいい独奏。「马头琴」が「馬頭琴」なのだけは判読できた。

风华国乐 苏和的白马 蒙古民乐 马头琴独奏 Mongolian Music
◇youtube(ヘッドフォンフルヴォリュ−ム推奨)


そして、合奏。
风华国乐 云青马 马头琴合奏 东方神骏马头琴组合 蒙古族民乐 Mongolian Music
◇youtube

まあ、なんとカッコいい。こういった独奏や合奏が草原に鳴り響きわたりながら数千数万の騎馬隊に勢いをつけて攻めてきたら、そりゃえらいことだったと思います。

カテゴリ:音楽 | 23:52 | comments(0) | - |
Sports Graphic Number 2010年 1/7号
評価:
---
文藝春秋
¥ 550
(2009-12-24)
Amazonおすすめ度:
評論家諸氏に対する意見
大分析

「まず自分に自信を持つ。自分の力を信じなければ何も始まらない。そのうえで恐怖心を克服する。そのためには、ときに自分自身をだますことも必要かもしれない。」(OSIM LESSON)


連日配送しても減少することはない。電車に詰め込まれた勤め人ぐらいに書きたいことは減ることはないのだが、それらを必ず書き残していくというわけにはいかない。確かに書き続けていれば習慣化していき、楽になるのは分っている。車は一定の速度で走り続けるほうが負担は少ない。ただ、ガソリンの減りは早くなる。それにタイヤも磨耗しているし、部品も耐久力に限界がないわけではない。財布と相談した結果、給油がうまくいかなくなる時も考えられる。心臓部分ともいえるエンジンはある程度回転させないと長生きは出来ない。ただ、時には洗車やメンテナンスに時間をかけるのも悪いわけではない。

というわけで、ニセオシム節でブログが面倒になりかけた理由を考えてみる。とか思ってたら、正月に書くといったままの宿題が二つ残っていた。残っている宿題を片付けなければ。1つはモンゴル、そしてもう1つがこちらのNUMBER presents OSIM LESSON。



サッカー理論は完全には解からないが、答えているのは現状を打破すること。つまり、状況を洞察し、それについてどうしていくかというアドバイスとなる。

この回のNumberでは、現代表キャプテンの中澤佑二選手が「前回のW杯のときにはオシムさんのように本質を的確に射抜ける人はいなかったように感じますね。そういう意見を発することができる人が、今、日本のそばにいてくれるというのは非常に心強いことだと思います。『オシム語録』は一見、厳しいようで、よくよく理解するとすごく温かみのある、優しい言葉なんですよ。選手の為を思っていってくれいることがわかるし、だからこそ、すごくいいアドバイスになるんです」とありました。


オシム節。多くの読者、サポーターにもそうであるように、自分にとっても想像の切り替えをしてくれる。今回はワールドカップイヤーであり、テーマは自分より力量の優れた「強敵に打ち勝つ為に」と題せば良いだろうか。「ピッチ」はそれぞれのピッチとして読み解けばいいのかもしれない。ロングインタヴューから抜粋。



OSIM LESSON 

◇「メンタルと知性の覚醒は絶対に必要だ」。


「フィジカル以上にメンタルが重要だ」

「知性について語るのは難しい。他人に対して、あなたは知性がないとは言えないからだ。しかしピッチ上で知性を欠けば、それは判断のミスに直結する。そのためにしばしば試合を失うことがある。」

「たしかに日本の長所はコレクティビティで、そこをさらに進化させるべきだ。だが、それにはそれぞれの選手ができることを見極め、彼らに何をさせるかが重要だ。トップクラスでない選手にコレクティヴなプレーをさせるのと、個の力はトップクラスの選手がコレクティヴなチームに混じるのは同じではない。日本の場合は誰もがコレクティブだ。」

◇フルパフォーマンスを出す為には、敵を分析して急所を突くことを想定した練習が欠かせない。

「対戦相手もわかり、どういう選手がいるかもわかっている。チーム、選手、戦術の全てを分析する。(略)あらゆる長所と短所を列挙して、弱点を着実に突く。練習でそういう状況を作り出す。練習ではできるだけ完璧に、対戦相手と同じやり方、同じ状況を作り出す。そして相手の嫌がることをする。(略)そのうえでメンタル面の準備が出来れば、選手は自分の役割を全うできる。」


◇フィジカルと戦術は、努力すれば報われる。

「ネクタイや幅や色が流行で変わるように、サッカーにも流行がある。昨日は赤やピンクだったのが、明日は別の色になる。(略)そうした流行を追いかけるのは簡単ではないが、フィジカルは追いつくことができる。戦術もそうで、努力すれば報われる。」


インタヴューの十分の一ぐらいですが、とりあえずこの辺で。


このオシム・レッスンの前後にはサッカーの話があるのですが(例えばフルパフォーマンスを出すために、では、敵を仮想して選出したという話などがある。「私が加地と駒野を両SBに選んだとき、ポルトガルとスペインとサイドを使う2つのチームが念頭にあった。クリスティアーノ・ロナウドの背後を突くことで、カウンターが仕掛けられる。ハンドボールのように、サイドをうまく活用する。そこに穴をあけることができれば、相手は混乱する」と短い場合でもこのような具合。)、省くと啓発本みたいな論調になります。啓発本という言葉は自分の中でも軽視されるものですが、粗製濫造された多くのペーパーブックみたいなものを除いても、やっぱり軽視したくなる。しかし、軽視できない人の啓発には意味がある。


オシム節は、サッカーを棘とユーモアを交えて解りやすく言葉の表現にしますが、その時代背景、戦歴などに触れていたら、有機栽培の苦味と酸味があるコーヒーみたいに、深い味わいで刺激しながら健康的に覚醒をもたらす感じがあります。もちろんそれは多くがサッカーのことであり、サッカーを観る者への色彩を増やしてくれる要素が大きいのですが、受けとめている身体は一つなので、サッカーを通したことがらが実生活に良い干渉を与えることもあるわけです。


と、ここまで書いたのである程度オシム節も頭の中には入りました。いずれ叡智を活用して血肉となることを自分に期待しつつ、とりあえずこの辺りで。


オシム・レッスンの一文

「結果が出た後では遠い道のりに見える。(略)しかしもう逃げられない。彼らを相手にしか、日本は試合ができない」

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