人間の心には、鳴るものがある。狩猟・採集の暮らしのころから持ちつづけてきたその楽器は、他の人間に出くわしたときに鳴弦(めいげん)する。(司馬遼太郎/司馬遼太郎が考えたこと10 『人間の中のシルクロード』より)写真は馬頭琴。演奏終了後に記念に撮りました。弦が2本です。その超絶技巧から“悪魔”と呼ばれ弦一本のヴァイオリンでも悪魔的な演奏を披露したパガニーニも、馬頭琴を知っていたら、きっと喜んで演奏したことでしょう。とても幅と奥行きのある音色でした。写真の通りに見た目は、簡素でいながらも想像以上に伝統工芸品の魅力がありました。色艶も綺麗。

というわけで、東京音楽大学に行きました。音大です、音大。
楽譜が乱舞し、行き交う人はブランドバックに目もくれずアーティスティックにヴァイオリンを片手に持ったり、オペラ志望者はプライドを賭けて歌っていたり、ハープが奏でられたり、美形の指揮者がいたり、女子学生がチェロやコントラバスに背負われていたり、教室からはピアノの音が軽やかに、劇的に、歌うように、聞こえてきたりする・・・・・・わけもなく。もう二十時(残業で開演一時間半遅れ)だし、外は十二月の寒風に包まれているし、辺りはけっこう暗いし、人影を見ていない。といっても池袋にあるのですが。
音楽に包まれたキャンパス、集結した多様な楽器たちとか、音大に(過度に)期待している幻想風景は、またいつか。
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コンサートが行われた場所は、東京音楽大学J館スタジオという。華やかさのあるホール内に入り、受付を済まして着座した。中は、体育館の半分ほどの空間。中部地方に出張していたのに自分より早く着ていた友人をすぐに発見できる広さだった。演奏は司会によれば1部、2部の演奏が終了したという。演者が幕に引いている時間に、椅子の上に置かれたパンフレットを見てみる。
Program
【1部】馬頭琴の歴史
◇賛歌
◇ジェスレー
◇四才の仔馬
【2部】近代馬頭琴の発展と改良
◇昇る太陽
◇宴の歌
◇心の詩
◇万馬のとどろき
【3部】現代馬頭琴の発展
◇砂の記憶
◇東の空
◇ロマンス
馬頭琴について8ページほどにまとめられている。パンフレット用紙には、演奏曲目から馬頭琴の歴史、図画までが詳細に掲載されていた。
中身の濃い資料で、紙面には隙間なく文字で埋められている。後日、ひょんな縁からモンゴルを好んでいた作家の司馬遼太郎作品を追った。その際にとても役に立った。モンゴルは大きい。そしてその歴史は地理的にも広い。そのくせ、遊牧の気質からかつかみどころがないように思える。そのせいだろうか、広大な大草原と独特の言語文化で出来上がった異文化世界を読み進めていると、時折、あまりにも雄大なイメージに負けてしまうことがある。想像力で補おうとしても、逆に自身の想像力が自由を失った。わからないという孤独は、知的探求の火すらも消してしまいそうになる。
そういったときに、馬頭琴が奏でたモンゴルの匂いを思い出してくれた。少し抜粋してみる。
馬頭琴の概略
「モンゴル語では、『モリンホール』と呼ばれている。モリンホールは擦弦楽器であり、箱型の胴に長い棹を持つ胡弓の一種である。棹の頭が馬の頭の形をしているのでモリンホールと呼ばれているようである。モンゴル語で『モリン』は『馬』という意味の属格で、『ホール』は弓弦楽器の総称である。」
馬頭琴の伝説 スーホの白い馬
「もっとも有名なのが「スーホギン サルラモリ」によると、大昔、草原にスーホという少年が愛する白い馬と住んでいた。草原では毎年開く祭りがある。このナーダムという祭りの競馬競争で、スーホの白い馬が一位を取った。王様がこの馬を気に入って、強引に自分のものにした。白い馬は自分の飼い主のスーホに会いたくて、ある日自分で宮廷を抜け出したが、王様の召使に矢で射されて死んだ。白い馬が死ぬ前にスーホと会って、自分の皮や尻尾を使って楽器を作れば、いつでも一緒にいられることを教えた。スーホは馬の皮を使って楽器の胴体をつくり、馬の尻尾で弦を作り、愛する馬の姿形を模して楽器を作ったのである。そして、この楽器を馬頭琴と名付け、広い草原ではその音色が広まったという話である。」

写真は拡大。頭が馬ゆえに馬頭琴。
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写真は演奏者の美炎(miho)氏と斉・布日古徳(チ・ブルグッド)氏。それとピアノに長尾博子氏で行われた。美炎氏は、3歳からヴァイオリンを習い、18歳のときに馬頭琴に開眼。以来、斉・布日古徳氏に師事。08年モンゴル馬頭琴国際フェスで最高演奏賞受賞と華々しい経歴。ピアノの長尾博子氏もP.I.A.Japan音楽コンクール最優秀伴奏者賞、第10回水谷達夫賞受賞。そして馬頭琴から、二胡、中国琵琶、その他多数の民族楽器演奏者との共演が多い。

チ・ブルグッド氏は馬頭琴のサラブレッドでありながらも、上記写真のように名高い演奏経歴がある。経歴が凄くて少し怯んでしまいそうなぐらいだが、MCでは日本語で気さくにモンゴルの歴史を教えてくれました。
チ・ブルグッド氏「馬頭琴、未来はわからない」
観客:(・・・・)
チ・ブルグッド氏「でもガンコ。モンゴル人、ガンコ。
B型が多い」
観客:(笑)
チ・ブルグッド氏「でも、いいものには、みんなついていく」
観客:拍手
B型被害者の会は、アジア大草原の下でもユーモアにされるほどに被害状況を確認した(自分もB型なのですが、世界共通に迷惑なのか?そんな気はさらさらしないけれども※←おそらくこの辺がB型)。いつか遺伝子構成のレベルで何か見つかるかもしれません。
一方、真面目な話もありました。馬頭琴の歴史とともに、近現代のモンゴルの歴史についてですが、「近現代は、社会主義国家のソ連のもとにモンゴルはありました。モンゴル語を使えない時代もありました。それは海外の音楽にたくさん触れることができないということもありました。音楽では、ソ連の影響下、許されたのはチャイコフスキーでした。子供の頃は、ほぼ毎日、チャイコフスキーを聴いていました。それ以外は知らなかった。それが社会主義です。」

チャイコフスキーと言えば、年明けて、映画で「祝典序曲1812年」を聴きました。豊かで壮大な曲でした。日本でも「くるみ割り人形」は、小学校などで誰しもが耳にした曲だと思います。ただ、チャイコフスキーしか聴けない幼少期というのは、音楽家としては恵まれているとは言えなかったのでしょう。そういった社会主義情勢の背景をもとに、「馬頭琴で仕事をして、海外に行く」という現在は、とても幸せだそうです。「東京は世界中のイイモノが集まっている。」とリップサービスもしてくれました。
さて。音楽について。馬頭琴をとても評価しているそうで、「モンゴル音階は5音階しかない。馬頭琴は弦も2本しかない。ただ、いろいろと聴いたけれども弦楽器でも一番良い。」とのこと。個人的な感想として、自分は音を比較できるような経験はほとんどありません。弦楽器を生でじっくりと聴いたのは、東京国際フォーラムでヴィヴァルディの四季・夏。10分近くソロを聴きました。その時の迫力も凄かったけれど、この日は演奏者が近いこともあって迫力は桁違いだった。
一見おとなしそうな馬頭琴ですが、演奏されたスタジオは音ではちきれんばかりです。音の密度はとても濃く、奏でる音響の只中にいました。高音ではアコースティック・ギターのような音も出ますし、弦楽器ではヴァイオリンに近く、更に土や風音が混じるような感じでした。演奏方法も、かき鳴らす、指で弦をなでる、ふれる、たたく、すべらす、ゆらす、余韻を追うと様々。指裁きは、とてもハード(パガニーニのカプリース24状態に見える)。とにもかくにも馬頭琴は音の幅が広い。音の津波が次々と寄せては返す。扇形の音のトンネルを抜けるような気もした。200メートル遠くで暴風音を聴くような距離感もあれば、100メートル、50メートル、20メートル、0メートルと、徐々に音が迫ってくるのが分かった。
曲の展開は、クラシックのそれに近いような気がする(よくわかりませんが)。花や風の香りがする。蜜のにおいがするかと思えば、一転して、激しいスライドとともに、前足を上げてリズミカルに駆ける馬になったり、激しいアタックで暴風雨になったり、と展開も幅広い。深くなれば弦特有の濁る音があるけれど、響きの底の微かな濁りは、ピアノによって水の中で濾過されて、おおわれて、優しくなるような曲もあった。この空間にいて(3曲だけだったけど)、最後は、ちょっと涙腺が緩みそうになった。
クラシックもロックもジャンル関係なく、どこの国の演奏者も同じかもしれないことに気付いた。いい音で気持ちいいと眼を開いて演奏者を見ると、たいてい、演奏者の方は、もっと気持ちよさそうな顔をして、自分の演奏にうっとりとして弾いている。そう、恍惚の表情を浮かべていることでした。上手く言えないが、そういった気持ちを共有させてもらえる空間は、とても気持ちがいい。良い音楽体験でした。
音大と演者に感謝。
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チ・ブルグッド氏(と言いつつ、迷いも。容姿体型は似ているが、もっと若かった気もする)のかっこいい独奏。「马头琴」が「馬頭琴」なのだけは判読できた。
风华国乐 苏和的白马 蒙古民乐 马头琴独奏 Mongolian Music
◇youtube(ヘッドフォンフルヴォリュ−ム推奨)そして、合奏。
风华国乐 云青马 马头琴合奏 东方神骏马头琴组合 蒙古族民乐 Mongolian Music
◇youtube
まあ、なんとカッコいい。こういった独奏や合奏が草原に鳴り響きわたりながら数千数万の騎馬隊に勢いをつけて攻めてきたら、そりゃえらいことだったと思います。