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評価:
![]() 三浦 知良 文藝春秋 ¥ 1,260 (2011-12-08)
Amazonランキング:
10355位
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とても素晴らしい本で、2週間か3週間ほどかけて、日に4~5人の手紙を読んだ。称賛した理由は、読み進む上で幸福な気持ちにひたれるのだ。だれもが、「カズ、また来いよ」、「必ず顔を見せて」、「君のせいではないよ」、「監督になったら呼んでね」、「次はいつ来る?」、「君の悔しさや努力を知っていた」、「君は最高だ」、「君のおかげだった」といった類の言葉が三浦和良選手に親しみをこめてなげかけられる。この誉め言葉たちは、彼らからの手紙とカズの返信を通して、親近の情が読者にも伝わってくるのだ。三浦和良選手とは係わり合いはなくとも、いつしか読者も誇らしい気持ちになってしまうだろう。
若い頃から日本を代表するプロスポーツ選手であり、パイオニアであり、45歳で現役。様々な逆境を乗り越えていく三浦和良選手には人間として敬慕の念が寄せられる。姿勢や言動などを、手紙のやり取りで三浦和良選手の前向きな力にもふれることになり少なからず勇気をもらう。
日本初のホペイロ(用具係り)として読売クラブに来たベゼーハの話は心に残った。異国の地、そして未開の地のニッポンにはじめてきたプロのホペイロ、ベゼーハ。読売に訪れたとき、半分以上の選手が彼を信用してくれていなかった。日本サッカーには、ホペイロといった概念がない。野球などもそうだが、道具の手入れは自身がするのが常識だったかもしれない。選手達の武器でもあるスパイクやユニフォームの整備を、他人に、ホペイロに任せようとしてくれなかった。異国の地に来て、チームメイトから信用されなかったベゼーハは、黙々と仕事をこなした。初日は、学生の部室みたいにてんでばらばらのロッカールームを、用具を入れる個別の棚を徹夜で作りあげた。
三浦和良選手は、チームメイトが集まっているときに、ホペイロは、いかにプロフェッショナルの職業で、本場では重要視されているかをみなの前で説いた(ブラジルで若い頃からサッカーを知らない国の人間と周囲から扱われて苦労していた自分と重なった部分があったのかもしれない)。職人としての存在を三浦和良選手に説明されたベゼーハは、ホペイロの存在を理解され、選手から仕事をまかされるようになった。ベゼーハは、カズがみなの前で手助けしてくれたことにいまでも感謝している、と綴っていた。
この本のすごい所は、手紙のやり取りがサッカー選手だけに限っていないところにある。イタリアの地で知り合ったバーのオーナーや長年の女性トレーナー、京都の床屋さんや、ブラジルの床屋のおばちゃんまでと業界以外の交遊も触れている。しかし、この本だけでは一人の、サッカー界のパイオニアの人物の半生など、うかがいしれないことだらけだろうと思う。ただ、自分のことをかえりみると、若かりし頃のブラジル時代の話が出てくるたびに疎遠になった昔の知人を思い返してみては、ちくちくとする。昔からつながっている人もいるにはいるのだが、人との関わりあいを大切に思って行動してきたのだろうかとすこし反省してしまう。その前に、関わりあって来た人々をかえりみて、僕を育てたと言える感謝や謙虚の気持ちをもちうるだろうか。情緒的な面でも、良著である。


